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ポン太に出来た腫瘍がきっかけで、綴りはじめた日記です。
気まぐれに綴ってゆきますが、あしからず。。。


Date Diary Weather
2.29.2004 うちは、夜寝室に入る前、「ベッドで寝んねするから、トイレに行って、ちっこしてらっしゃい。」と、チロポンにトイレを促してから寝室に入る。

普段我々は、殆どリビングに居る。そしてチロポンのトイレも、そのリビング近くにある。寝室のある階には、トイレはない。
チロ太は寝室に入る前、スムーズにトイレに向かうのだが、ポン太は一緒に寝室に入ることに神経が集中してしまうのか、はたまた苦手な階段に、緊張が走るのか、トイレを済ませることなく、階段の所で寝室へ向かう準備をしているようだ。

そして我々はリビングの灯りを消し、一旦寝室に入る。しかしポン太は直ぐにまた寝室を出て、暗くなった階段のところで、切なげな表情を私に向ける。「やっぱり僕も、ちっこ出る。」と言いたげな表情だ。

「ポン太、トイレ行くの?」「ちっこ出るの?」と、問いかけ、又階段の灯りをつけ、トイレまで付き合う。そして今度こそ、トイレでちっこを済ませ、ベットに入って眠ることが出来る。非合理的なこの事が、変な習慣にならなければ良いのだが。
。。


2.28.2004 久しぶりに今日、チロポンは床屋さん(男の子なので、美容室ではなく、床屋さんと言っている。)に行ってきた。

ポン太の腫瘍騒動があったので、約2ヶ月間、床屋さんへ行っていなかった。その間、ママトリはしたが、ポン太は約一ヶ月間、お風呂にも入っていなかった。
勿論、お散歩から帰った時は、お手手と足よをシャンプーしているが、身体と頭は、洗っていない。
この冬場のお散歩は、空気が乾燥していることで、静電気が埃を吸いあげたり、またこの所の強風で、砂埃などで、かなり汚れていた。

今迄、床屋さんから戻ったチロポンを見て、先ず最初に思うことは、綺麗にカットされ、可愛いリボンをつけてもらうので、「可愛い〜」という感想が一番に出る。でもさすがに今日は、「さっぱりしたね〜」という言葉になった。


2.26.2004 ワン子には表情がある。そして感情が顔に出る子と、そうでない子がいる。チロ太はかなり顔に出る子のようだ。

ポン太が我が家にやって来た時、チロ太は8歳6ヶ月だった。
チロ太の性格は、ともて大人しく我慢強い。お散歩の時に、どんなワン子に会っても、吠えることは先ずない。しかし好き嫌いもハッキリとしている。好きなワン子には、自分からご挨拶に寄って行くが、あまり得意でない子が近寄ってくると、「いやだぁ〜!」ということがハッキリ解る、私が恥ずかしくなるよな行動に出る。しかしその時も、吠えて追い払うことなどはしない。

我が家でチロ太の弟分ワン子を検討していた時、先住ワン子のチロ太を優先させる意味でも、出来ればチロ太より身体が小さく、大人しいワン子を希望していた。しかし考えてみれば、チロ太より大人しいワン子を見つけるのは、至難の業というより、皆無に近かった。

そんなチロ太の元に、本人が希望した訳でもない、弟分ワン子のポン太がやって来た。それもチロ太にとって、かなり苦手なタイプの子!?とも思える、元気一杯のヤンチャ坊主である。
年齢の差から言っても、「遊ぼうよ!遊ぼうよ!」と、一心に誘いかけるポン太に対し、ちっちゃワン子の時は、チロ太自身もわんぱく坊主で、ポン太よりも豪快な遊び方をしていたにも関わらず、そんなことは本人の記憶にある訳もなく、知ったことではない。「僕は君とは遊ばないよ。静かに寝んねしていたいんだから、こっちに来ないでね。」といった感じだった。

そんなチロ太も、ポン太が我が家にやって来て、1年を過ぎた位から、ポン太を我が家の群れの一員と、認めたらしい表情になってきた。
最初の頃、パパに無理矢理に抱きかかえられたツゥーショットは、渋々カメラに納まり覚めた表情なのに対して、今ではカメラに向かって、薄笑みを浮かべるまでになった。


   

2.24.2004 以前、DOG FAN NETの、「イケてない私たち」という部門に、ポン太のイケてない寝顔を投稿(#58)したことがある。今度はチロ太を、「いとしのワンコ」という部門に、2,3週間前に投稿した。

愛しのわがワン子が、ワン子雑誌をはじめ、WEBページなどで公開してもらえるということは、やはり嬉しい。
いつも見ている同じ画像でも、自分のHP以外で見ると、また違った楽しみと、なぜか喜びがある。

DOG FAN NETは、ワン子の専門書等を編集している会社のHPなので、アクセス量も非情に多い。なので応募しても、直ぐに掲載される訳ではなく、順番を待つことになる。
そしてその中でも、可愛いショットが多い、「いとしのワンコ」の、応募率は高く、一週間に月曜日と木曜日に交代で、新しいワンコが掲載されるシステムだ。

チロ太の応募を済ませてから、月曜日と木曜日は、このサイトにアクセスし、我が子の掲載の確認をしていた。いや、確認していたつもりだった。
しかし、どうやら我が子の順番だけを、見逃してしまったらしい。まさかと念の為にアクセスした、過去のページで、私の方を、恨めしそうに視線を向けているチロ太(#344)がいた。
なんて肝心なところが抜けいる、ママなのだろう。。。

 <DOG FAN NET : http://www.dogfan.net/ >


曇のち晴
2.23.2004 今日私は、突然の残業になってしまった。
もともと私は、フリーで動いているので、就業時間がある程度予測がつく。勿論はっきりとした時間が読めない時もあるが、予め遅くなるということだけは予想できる。
そんな帰宅が遅くなるときは、予めエアコン等のタイマーをセットしてから家を出る。しかし、今日は突然だったので、何もしてこなかった。

「今日の残業は、予め何も聞いていないので、明日又参ります。」と、心の中で呟きながら、必死に書類を片付けた。
勿論、このように突然の残業になってしまう時は、自分だけで片付ける内容のものではなく、相手がいるから、残ざるを得ないのだ。

一緒に仕事をしていた相手の方が、「何時目標で片付けましょうか?」と、聞いてくれた。私はすかさず、机上に乗っている書類をざっと見回して、弾き出した時間より、一時間早い時間を提示してみた。

まるで恋をしているかのように、いそいそと帰宅を急ぐその理由は言うまでもない。
真っ暗な部屋の中で、心細くお留守番しているチロポンは、お腹を空かせていないだろうかと。。。


2.22.2004 このところのポン太は、すっかり甘え癖がついてしまった。
「痛いの?」「大丈夫?」と、必要以上に気にかけていたからだろうが、少しでも私の姿が見えないと、心細いようだ。

以前から、どちらかと言うと、抱っこが好きで、お散歩の途中でも、「ママ、抱っこ〜」に、なってしまう。
我が家のお散歩のイメージとして、ある一定の距離を歩いて疲れてきたら、お隠居ちゃんのチロ太を抱っこして、ポン太を続けて歩かせて・・・と、思っていたが、予想外の展開だ。
それにもともと、大した距離を、歩いている訳ではない。

ポン太はリードをかなり引っ張る子なので、必要以上に疲れてしまうのかもしれない。でも3歳のポン太と、今年12歳になろうとしているチロ太が、まさかお散歩で逆転するとは、想像もしていなかった。
何時も、先に抱っこを強請るのはポン太の方だ。

既に家の中での生活は、見ている限り、手術前と変わらないほど、元気を快復している。
私自身が意思を固くして、少しづつ甘え癖を治さなければ。。。


晴のち風雨
2.21.2004

今日、ポン太は無事に、抜糸を済ませる事ができた。

思い起こせば、三週間前に、腫瘍を発見して、心配して悩んで、メソメソ・オロオロばかりだった私だが、お陰で色々な事を学ぶ事ができた。
真っ先に言えることは、人と人の繋がり。そして暖かさだ。
ワン子ママさん達が、自分の事のように、ポン太と私の事を心配してくれて、励ましてくれたこと。とても心強く、ありがたかった。

そして私は、自分自身が病気で苦痛がある時、「チロポンに苦痛が被るのなら、私は自らの身体で、変わりに受けて立つ。」と、心で呟いてきた。「チロポンの苦痛を遮れるのなら、私はこの苦痛を一手に引き受ける。」と、カッコイイ事を思ってきた。
しかし、実際に戦っている者のそばにいる者も、辛さを分け合っている事を、このポン太のことで、しみじみと悟った。

ワン子人生にとっても、三週間という短い時間の中で、ここまで快復出来たことは、ラッキーだったと言える。
今、ポン太の苦痛が、全て取り除かれているのかは解らないが、前と変わらない安心した時間を、繋ぐことが出来たことを、大切にしたい。

抜糸が済み、落ち着きを取り戻しつつある我が家で、今日、10日遅れで、ポン太の3歳をお祝いした。
まんま特製の、バースディケーキを作った。あっという間に、チロポンのお腹の中に納まっていった。


  

晴一時曇
2.20.2004 あまり寒がりでないポン太だが、包帯を外した五日前から、洋服を着せている。
抜糸を明日に控え、本来なら洋服など着せずに、自然にしておきたいところだが、やはり傷を気にして、舐めたり噛んだりしてしまうからだ。

傷口から気を散らそうと、玩具やおやつで釣ってみたりしたが、今は玩具では全く釣れる気配はない。
そしてまた、おやつよりも傷口が気になるらしい。
結構、力強く食いむしるように、傷口に自分の口を持ってゆく。その姿は、まるでストレス!?と想像させるような、行為そのものだ。
ワン子は痛いとも、苦しいとも、痒いとも訴えてこない分、とても不愍だ。
そしてポン太は、着たくもない洋服を、今日も着せられている。


2.18.2004 ポン太は生まれて、約二ヶ月で我が家にやってきた。
シーズー専門のブリーダーさんが、うちから近かいところある事を知り、当時10頭程いた赤ちゃんワン子の中から、選ぶ事が出来た。
赤ちゃんワン子の時は、今よりもっと顔の配色が悪く、正直なところ、赤ちゃんワン子の可愛いさと言うより、伯爵の髭を連想させる、かなり渋めの配色で、そのせいか、身体が小さいという意外、外見が可愛いと呼びがたいワン子だった。

何頭かの赤ちゃんワン子を、ブリーダーさんに見せて戴き、「うちに来る子はどの子かな?」と、床を叩き、音を立てて呼びかけてみる。
その時、一番先に飛んで来たのが、ポン太だった。
時間をおいて、何度同じように呼びかけても、ポン太は一番で、私達のもとに飛んで来てくれた。

ブリーダーさんはポン太の事を、「こういう配色の子は、一流のペットショップに、並ぶことはないでしょう。」と言った。
確かにシーズーは、鼻の上が、銀杏型に白くなっている配色が、スタンダードだ。ポン太はその部分が真っ黒で、少なくとも、赤ちゃんワン子の頃は、目も鼻も口も、遠めで見て、見分けがつかなかった。
ただ、目がとても澄んでいて、やんちゃで元気。愛嬌がたっぷりな可愛い子だった。
だからポン太に決めた。

配色が良くないとか、器量が良くないとかは、客観的に感じるもので、一度家族という一つの群れになってしまえば、どんな子でも掛け替えのない、可愛いうちの子になる。
そしていつの時も、健やかで穏やかに過ごさせたあげたいと心がけているのだけれど、実際には、健やかな心と、穏やかな時間を貰っているのは、私たち人間の方なのだ。


      
    赤ちゃんポン太(3ヶ月)         ガキンチョ ポン太 (2歳10ヶ月)

2.17.2004 チロ太とポン太は、生きている速度がかなり違う。
勿論年齢的なものも関係しているだろうが、その子の持って生まれた性格というか、まさしく個体差だと感じる。
お散歩の時の歩く速度、お水を飲む時の速度、そしてまんまを食べる速度も違う。

うちではまんまの時に、チロ太とポン太、それぞれのプレートの上に、まんまの入った器を置き、食事を与えている。
ポン太は、チロ太の量の約20パーセント増しの量を、勢い良く口に頬張り、あっという間に完食してしまう。それに比べてチロ太は、まるで食事を楽しむかのように、ゆっくり噛んで食べている。

ポン太は自分のまんまを食べ終わると、必ずチロ太のプレートに近寄り、「まだ食べているの?」「全部残さず食べれるの?」「食べられなかったら、僕が食べてあげるからね。」と、無言のプレッシャーをチロ太に与えている。
しかし当のチロ太は、我関せず、マイペースで食べ続ける。
ポン太に取られるのではないか?と気にする気配すらない。そしてポン太も、チロ太のまんまを横取りすることはしない。

チロポンが食事中に、玄関のチャイムが鳴り、宅急便が届いた。その時既にポン太は、90パーセント近く、まんまを食べ終えていた。
私が玄関に出ると、まだストーカー世代のポン太は、すかさず私の後に着いて来た。宅急便を受け取り、リビングに戻ると、なっ、なっ、なんと、ポン太の残りのまんまを、チロ太が涼しい顔をして食べている。
ポン太は唖然として、私の方を見て、何かを訴えているかのよう。

ポン太が我が家にやって来てから、チロ太の玩具は全てポン太に奪われ、今迄パパママの愛情を一手に受けていたものも、半分以上、いや大半がポン太に移っている。それを自然に受け入れ、我慢しているチロ太が、ある時は不愍な事もあった。
しかし、お兄ちゃんワン子の貫禄か、さすがチロ太だけある。やる時はやってくれるものだ。


2.16.2004 「肥満細胞腫」という腫瘍について、調べていた時、偶然みつけた某動物病院のサイトに、無料の獣医療相談のコーナーが設けられていた。
ここには、「(簡単な最小限のセカンド・オピニオン)を御利用ください」とあった。
勿論直ぐに、「悪性の場合の、進行速度とワン子の年齢の関係」についてと、「切除手術を受けた後の、注意すべき点」について、質問をメールした。

そしてそれについて、解答のメールが返信された。
その内容は、
「それらの質問はその肥満細胞腫の程度によって、違います。担当する獣医師にお聞き下さい。その他は当HP等をご参照下さい。いかに動物を治せるかわ全て、獣医師の診断と治療の能力によります。但し飼い主の方の予算の制限がある場合は別です。どうぞお大事になさって下さい。」 と、あった。

恐らく、同じ様なメールが、一日に何通も届いて、対処に追われる毎日なのだろうが、かなり寂しい返信内容だ。
確かに、人もワン子も、巡りあった医師によって、運命は大きく変わる。
お金で助かる命もあるし、消えてゆく命もあるだろう。

この返信文を読み終えた後、この獣医師に再び尋ねてみたい事が浮かんだ。
「どんな事がきっかけで、獣医師になろうと志したのか?」、「ワン子を愛し、ワン子に愛されているという実感を、どのような時に感じるのか?」と、いうことだ。

今、ポン太にとって、最大の幸せは、ワン子を愛し愛されている、ワン子先生が担当獣医師であることと、そして、私をも励まし、支えて応援してくれている、ワン子友達と、そのママさんパパさん達だと思う。
改めて心から感謝したい。


2.15.2004 夕べ私は、風邪気味ということもあり、いつもより早めにベットに入った。

夜中、別の部屋でパパと寝ているポン太が、ドアをガリガイと開けてのサイン。
私は、ポン太がおしっこなのかと、眠い目を擦り、ドアを開けた。するといきなり、傷が痛むのか、包帯跡が痛痒いのか、しきりに強く舐めている。
痛いにしても、痒いにしても、今この傷口を舐めるということは、あまり良いことではないと思い、薄いパイル地で出来た、服を着せた。
すると、直接触れる事が出来ない事が解ったのか、舐める事を諦めてくれた。

「ポンちゃん、痛いの?痒いの?」と心の中で尋ねた後、暫く、子守唄を唄いながら抱っこして、私のベットで寝かしつけた。
やはり、私はかなりの過保護である。

そんなこともあり、少々寝不足気味の目覚めとなった。
そして折角の日曜日、お天気の良い日曜日だというのに、今日はみんなでゴロゴロと、寝て曜日となった。


2.14.2004 細胞検査の結果が、留守中にFAXで送られてきていた。
私は、A4サイズの白い紙の中に、ただただ、「良性」という文字だけを探した。
「本腫瘍は核分裂も多く見られながら良性である特徴を持っています。」と、病理組織検査センターからの報告書を、ワン子先生が転送してくれたものだった。

留守番電話に、ワン子先生から、検査結果の簡単な説明がメッセージとして残っていた。
「詳しいことは、抜糸の時にご説明します。」「この腫瘍の検査結果は、良性ですから安心して下さい。」

とても嬉しかった。その反面、私の天邪鬼が覗く。
「今ポン太が負っている傷は、私の選択で付けたもの!?」「今このポン太の苦痛は、私が与えたもの!?」「何故あの時、もっと冷静になって、悪性でないことを信じ、様子をみることが出来なかったのか?」とよぎる。

私はパパに、検査結果を伝える。すると大きな声で、「良かったな〜ポン太!」「お前は長生き出来るぞ!」と、ポン太を抱き上げ、抱きしめていた。そして包帯から少し覗き始めた、痛々しい傷を見て、「ポン太、これは男の勲章だぞ!」と、素直に喜んでいる。
その姿を見て、やはり私は、かなり天邪鬼な心配性だと、つくづく思った。

今は、腫瘍が良性であった事を、もっと素直に喜び、延期していたポン太の三歳を、お祝いすることに目を向けよう。
そしてこれからの、チロ太とポン太の健康管理を、より心がけることにしよう。


2.12.2004 ポン太に巻かれた包帯が、薄汚れ少しよれてきた。
巻かれている場所が場所だけに、腹巻に見えないこともない、ちょっと滑稽な状態になってきた。何故かこんな事が、今はとても嬉しい。
包帯が薄汚れ、寄れているということは、ポン太がそれだけ快復して、元気に動いている証だからだ。

今日のお天気のように、穏やかな時間が、この間々続くことを、心から切に願っている。


2.11.2004 今日は、ポン太の三回目のお誕生日。
肥満細胞腫の可能性を残した間々、今日という日を迎えた。

ポン太はやんちゃ坊主なので、怪我や交通事故、万が一の喧嘩には、ある程度注意を払ってきたつもりだが、まさか病気になるなどとは、正直想像もしていなかった。

この腫瘍が出来た事がきっかけで、ポン太の食事も、朝夕共にまんまに切り替え、目に見えて変わった事がある。それは、アレルギー体質で、身体をよく掻いていた子だが、それが全くと言っていいほど無くなった。
今は、巻かれた包帯の部分が、時々痒くなるのか、たまに掻いている程度である。
今日、まんまに入れる野菜を、一週間分まとめて圧力鍋で、愛情たっぷり込めて煮た。


2.10.2004 うちでは、チロポン共に、ハーネスにリードを使って、お散歩に出ている。
しかし、今回の腫瘍切除手術によって、急遽、首輪を買い使いに走った。ポン太の腫瘍切除部分が、ハーネスに当たりかねないからだ。

もともとポン太は、グイグイとリードを引っ張る。お行儀が悪いほど、勢い良く引っ張る子だ。
その子が、慣れない首輪に変わったら、苦しいだろうが、術後の傷に当たることを考えたら、やむを得ない。
案の定、最初は、前に歩き始めては、「ゲホッ、ゲホッ・・・」と、歩きたいけど苦しいを繰り返していた。
「ぽんちゃん、そんなに引っ張ると、ゲホッって苦しくなるから、ゆっくりね。」と声をかけてみても、とにかく前に勢い良く歩きたいらしい。
勢い良く歩いては、「ゲホッ」、そして遂に足を止めて、「ゲホッ・ゲホッ・ゲッゲ。」「大丈夫?もっとゆっくり歩きなさい。引っ張らないのよ。」と声をかけた。私の言っている事を理解しているのかいないのか、それを機に、少し歩き方を変えた。リードが張った後、少し振り返りリードを緩め、そして又前に進むという歩き方をするようになった。
勿論、100%そんな歩き方が出来る訳ではない。「ゲホッ」の、苦しい状態になって、我に返るようだ。

ポン太の身体に巻き着く、少し緩み始めた包帯の隙間から、私が想像していた以上に、大きな傷跡が覗けた。
又胸が苦しくなった。こんなに小さな身体に、この傷はさぞかし辛いだろうに。



2.09.2004 ポン太は今日、術後初めて、チロ太と玩具を取り合った。・・・というより、ポン太は相変わらず、チロ太の持っている玩具を欲しがった。(笑) そして相変わらず、チロ太はポン太に、玩具を譲った。(笑)

お散歩も、暖かな時間に、ショートコース出ることが出来た。
ご近所のママのお友達に会っても、相変わらずの愛想を振りまき、ポン太健在をアピールしている。術後二日とは思えない愛嬌である。
ただ、それ以外は、私のそばで殆ど寝ている。

術前の元気なポン太は、わんぱくのやんちゃなワン子。ガキンチョ君。そのガキンチョ君が、殆ど静かに寝ている。
腫瘍から半径3センチを切除した訳だから、既に麻酔が切れている今、苦痛がない訳はない。でも何も言わず、静かに寝ている。こんなポン太が不愍だ。
寝ているということは、治る為の静養なのだ。


晴のち曇
2.08.2004 包帯姿が痛々しくはあるが、 食欲も減ることなく、一安心。
いくらやんちゃなポン太とはいへ、手術で体力を消耗しているのと、お薬などの影響で、眠っている時間が殆どだ。
もともと甘ったれということもあり、私のどこかに触れているか、まるで磁石のように、私の居場所を確認できる方を向いて寝ている。

今回の手術で、ポン太が病院にお泊りになるかどうかも、気に掛かるところだった。
「ワン子の病気は、可能な限り、家族から離さない!」という理想を、貫ける範疇かどうか。もしお泊りになるのなら、大型ワン子の犬舎に、私も一緒にお泊りできないか、ワン子先生に聞きたいと思っていた。(パパには、「そんな馬鹿なこと、聞くな!」と、勿論止められていた。)
恐らく、人間の子供だったら、手術イコール入院は避けられない。日帰りできるのは、ワン子の特権でもある。

ワン子との暮らし方、その家庭の中でのワン子の存在は、その家庭によって様々だが、極力ワン子の特権を活かしてあげたい。
そのワン子の特権を活かした上で、うちの生活サイクルに、家族の一員として、ワン子にも協力してもらうのが、私の理想だ。


2.07.2004 朝食を抜いて病院に向かう為、まんまの支度はしなくていい。縁起を担いでというか、私たちも朝食を摂らずに、車で病院に向かった。
うちと病院の丁度中間地点に、身代わり不動尊があるので、そこでポン太に持たせるお守りを買って行った。

一週間、内服薬を服用後の腫瘍は、私が見ても小さくなっているようには見えない。残念にも赤みも増し少し大きくなっているのがわかった。
先生に再診して戴き、お話しを聞く。こちらから用意して行った質問にも、先生は全て即答してくれた。しかし最終的な決断をするのは、私たちだ。

「肥満細胞腫の疑い」ということは、まだ肥満細胞腫だと決まった訳ではない。つまり悪性腫瘍という訳ではない状態で、全身麻酔をかけ、切除手術を受ける必要があるかどうかが、最後の最後まで迷うところだった。
既にご隠居ワン子の年齢に達していれば、切除手術を受けるという選択は、決してしなかったと思う。
しかしポン太はまだ3歳に満たない。万が一悪性腫瘍であれば、あっという間に進行し、転移してしまうのだろう。そう思うと、切除手術を受けるという選択を、パパも私もあまり迷うことなくできた。
そして我々は、ポン太を預け、自宅に戻った。

手術を選択した理由
@ 今迄、ご近所のワン子(今も元気にしているワン子)に出来た腫瘍と、腫瘍の見た目が違ったこと。
A NETで、脂肪細胞腫を検索した時に見た、腫瘍の画像と、ポン太に出来た腫瘍が、かなり似て見えたこと。
B ポン太がまだ、やんちゃワン子(若い)であること。
C 腫瘍の出来た箇所が、比較的手術を受け易い箇所であったこと。
D ポン太が弱っていない(体力がある)こと。

ワン子先生から、「手術無事に終わりました。安心して下さい。ポン太君、既に麻酔から覚めて元気にしていますよ。」と、電話が入った時、今までの不安が薄れ、一週間前の私に、少し戻れた気がする。
後は、細胞検査に回った、結果を待つだけ。例え悪性であったとしても、早期発見できた腫瘍を、早期切除出来たのだ。
今は、この子をゆっくり休ませ、良性である事を信じて、見守ってゆこう。


2.06.2004 仕事からの帰り道、似た腫瘍が出来たワン子が、発病から僅かな時間で、お星様になってしまった話を耳にする。
昨日の、見せ掛けの元気が、儚くも音を立てて散り始めた。

明日の再診で、切除手術を受けるか、今後の治療方法が、ある程度決まってくる。
少し前に耳にした話しが、頭と胸の中を駆け巡る。いけない!いけない!
もっとポジティブでいないと、上手くいくものも、いかなくなってしまう。私がネガティブになってはいけない!
しっかりしないと!と気合を入れ、食事の支度をする。
頭とこの胸の中を、グルグルと這いずり出す、まだゼロにならない可能性が、食事の支度を遅らせた。

そんな時、チロ太とポン太が、玩具の取り合いをしている。
「あっ、こんなに元気だ!」
いつものように、お散歩で勢いよく歩いていた。食欲も落ちない。睡眠も妨げになっているものは感じられない。ウンチ君も元気だ。それなのに、私は何を心配しているのだろう。
自分自身が、情けなくなった。
例え明日、腫瘍の切除手術を受けることになったとしても、それはポン太の病気を治すために受ける手術なのだ。


2.05.2004 今朝は、すがすがしく朝を迎えられた。昨晩、寝つきは良くなかったものの、目覚めは良かった。

腫瘍が出来た経験はあるが、その後何を発病することなく、何年も元気に過ごしているワン子の話を耳にする。
そんな話も耳にすると、勇気が持てて、全てをポジティブに捉えられる。
そして、「ポン太に出来た腫瘍は、切除手術をすることなく、お薬で消えて治る。」と、思い込むことが出来た。
今迄、NETの検索で、「肥満細胞腫」の情報を、イヤというほど手に入れる事が、安易に出来た。しかしその分、恐怖心と絶望感のようなものが、私の中で勝手に膨らみ、「本当にポン太を助けたいのか?」と、思うほど、完全に肥満細胞腫・悪性腫瘍のワン子に、ポン太を仕立てていたのかもしれないと、反省。

チロのまんまに切り替えて、ポン太のうんち君もすこぶる元気。量も五分の一に減った。無駄なものが少ないから、排泄量も減り、充実している証だと思う。
治癒力が高まり、腫瘍が消える、そんな事だけ考えよう。


2.04.2004 仕事に向かう電車の中で、ポン太の事がやはり気になる。
もし、こうして私が外出している時に、何かあったらどうしよう?こんな不安は、決してポン太が、「肥満細胞腫の疑い」と告げられたから始まったことではない。
今迄、チロ太が一人っ子の時も、体調が優れない様子の時は、このような思いを抱いて、仕事に向かっていた。そして仕事を終え帰宅し、朝よりも元気な様子をみると、「あ〜、良かった。」と安心する。

こんな事を、11年以上も続けている。だから今度のポン太のことも、「大丈夫!私が家を空けている間に、何か変化が起こることはない。」と、自分に言い聞かせる。


2.03.2004 私は車の運転ができないので、チロポン連れの移動は、パパが頼りだ。そんなパパも仕事をしているから、いつも自由になるとは限らない。
心配事があり、ワン子先生に行くため、タクシーを呼んでも、慌てているときこそ、なかなかつかまらないもので、緊急な事でない限り、ワン子先生の所に行くのは、パパの休日にしている。

そんな事もあり、次回ワン子先生に診て戴く時、切除手術にかかれるように、ポン太の朝食をとらないで行くことになった。
早期発見、早期切除で、例え悪性だったとしても、ポン太は元気に快復してくれると、固く信じよう。


曇時々晴
2.02.2004 ポン太に変わった様子はない。
食欲は、朝夕共にチロのまんまに切り替えたこともあり、旺盛だ。薬もちゃんの飲んでくれている。ウンチ君もとても元気だ。

肥満細胞腫で、悪性だった場合、ポン太はまだ若いから進行も早いだろう。そしてワン子の時間の経過速度と、我々人間の時間の経過速度は、明らかに違う。

今迄、知人から直接聞いた悪性腫瘍の事例は、人の三倍以上の速さで進行している。例え、悪性だったとしても、早期発見と、そうでないのとでは、対処法も全く違うだろう。
又食事と同様に、病気に対しても個体差があるだろう。
だから、ポン太は大丈夫!と思う反面、「まさか・・・」と、ひとり焦ってしまう。
でも、これじゃ駄目だ!私がこれじゃ駄目だ!


2.01.2004 ポン太に全く変わった様子はない。腫瘍も大きくも小さくもなっていない。
新しい玩具があったせいか、ご執心に遊んでいる。
お散歩も元気いっぱい、グイグイ引っ張る。(汗)
食欲、睡眠、甘えなど、今までの変わった様子はない。

「ポンちゃん、痛いところあるの?」「苦しいことや辛いことない?」と、心の中で聞きながら、今日もボールを投げて遊んだ。


晴れのち曇り
1.31.2004 ポン太の、前右足付け根と背骨の間位の所に、腫瘍!?の様なものが出来ていることを、パパが発見。
それは、直径1cmほどの、少し赤みのある腫瘍だった。
ワン子に腫瘍!?が出来るのは、決して珍しくはないけど、大事をとってと、安心する意味でも、念のためワン子先生に診てもらことに。

以前、チロ太にも出来た事があった。今ポン太に出来ている腫瘍とは見るからに違うけれど、その時、「先生ぇ〜、チロに腫瘍が出来ちゃったぁ。」と、半べそをかきながら受診した事があり、「あっ、これはシーズーに珍しくないもので、少しすれば消えますよ。(笑)」と、心配性の私の早とちりだった。そんなこともあるので、今回は慎重に受診した。

すると、ワン子先生は、前回チロ太を診察した時と、表情が違う。そして、なかなか口を開かない。
「ん?この間は何?」と、焦る胸の内を抑えて、先生の説明を待つ。
そして、「詳しく検査してみないと断定は出来ませんが、肥満細胞腫の疑いがあります。」と告げられた。

「今直ぐ、針を刺して検査することも可能ですが、もし悪性の場合、悪性の細胞が体内で散らばり、良くない結果を招くこともあるので、内服薬を出します。少し様子をみましょう。」「小さくなりやがて消えるものもあります。」「もし消えなかった場合は、腫瘍を中心とした、半径3センチを切除する必要があります。」
(その他、説明略)

その時点で、パパも私も、脂肪細胞腫という病名を聞いたこともなかった。そしてそれがどういう病気なのかも、全く知らなかった。ただ先生の説明の中に、「悪性の可能性もある。」という言葉が使われたことで、ことの重大性を悟った。

家に帰り、直ちにPCを立ち上げ、NET検索を開始。
そこに出てきた内容は、泣き虫で心配性の私には、耐え難い文字が並んでいた。勿論それが、ポン太と全てが重なるという訳でない。至って最悪なケースが、解り易く載っているのだと解っていても、涙があふれて止まなかった。

その異様な私に気づいたチロポン達は、「ママ大丈夫?」といった表情で、私に近寄り心配している。
「私がこれじゃ駄目だ!しっかりしなくっちゃっ!」と、自分自身に渇を入れるが、数分と続かない。

パパもPCのスクリーンに並んだ文字に、一通り目を滑らせた後、「もうこれ以上、NETで調べなくていいぞ!」「悪い知識ばかりに惑わされていると、本当に悪い方向に進んでしまいそうだ。」「ポン太の腫瘍は、薬で消えるんだからなっ!解ったなっ!」と、パパに渇を入れられる。

今晩からポン太も、一日二食、朝・晩共に、チロのまんまに切り替えることにした。
そして、治癒力を高める為に、テルミー療法の温灸をはじめた。


晴れ

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